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うたかた。

ネクラな母ちゃん。涙で明日が見えない。

子供はいつだって、親の勝手な都合に振り回されている。

私、栃木県に在住なのですが

宇都宮市の託児施設で
生後9ヶ月の女の子が
亡くなっていた事件を
今日、ニュースで初めて知りました。


事件の内容を詳しく調べていたら
被害のあった家族の他にも
その施設に子供を預けていたという人達の
コメントなどもありました。

読んでいたら
色んな思いが頭の中をぐるぐると。


『託児施設ひどすぎる!』
『こんな事件があってはならない!』


皆が言うのは当然だと思う。
尊い命が奪われてしまったのだから。


そんなたくさんの意見や
情報がある中で


『自分の子供も預けていたけれど
一向にお喋りが上手にならなくて…
話しかけてもらったり
していなかったのかなぁ…』


っていう意見には
少し驚いてしまった。


授乳、おすわり、ハイハイ、あんよ
絵本を読んだり、話しかけたり
何かを覚えさせてみたり…

私は24時間、ほぼ毎日、2年間
子供とのコミュニケーションは
自分でとることができていたし
それと共に子供の成長も感じてきた。

ずっと一緒にいると
苦に感じる時もあったし

誰かに任せて、子供としばらく
離れたいと思う時もあったし

つい八つ当たりして
怒ってしまったりしながら
日々を過ごしているのだけれども。


子供を託児する方
託児せざるを得ない方にとっては
そういった
必要なコミュニケーションも
預けている間に補ってもらわなければ
ならないのか…と。

分かっていたようで
分かっていなかった私。


そして子供のことは
大なり小なり自分の責任だ…
と、必要以上に頑張って(結果パンクする)私。



なので、正直
その意見にはイラっと←



子供が話すのが遅い

自分はコミュニケーションを
とる時間がない

施設に預ける時間が長い

よって施設で覚えるのが当然


と言われているように感じてしまった。


それは今、イヤイヤ期真っ最中で
毎日娘と格闘して1日を過ごし

あ~誰か
代わりをやってくれないかしら…

とか思って
自己中心的な考えから
卑屈になっているせいかもしれないけれど。


私だって過ごせるものなら
子供と一緒に過ごしたいわよ!

と、反論されてしまうであろうに。



でもさ、

施設の人が話ししてくれなかったから
っていうのは
子供のお喋りが遅かったのを
言い訳してるだけな気がして。


そんなつもりで
言ったんじゃないにしても


だったら
子供の成長の遅れを感じたことを
人のせいみたいに言わないで~


って


長々と書いたけれど
結果、これが言いたかったんです。



子供を預ける理由は様々だと思うし
一概に言えることじゃないとは思うけど

自分の責任を果たすために預けるのと

自分の責任を転嫁するために預けるのは

大きく違うと思うのです



事件のこと、その託児施設で
たくさんの子供たちが酷いことを
されていたのは許しがたい事実。

あくまでも、被害者の方々を
批判しているわけではないので
ご理解いただければと思います。