うたかた。

ネクラな母ちゃん。涙で明日が見えない。

母原病

 

昨日、内祝いを渡しに親戚回りをして

最後に主人の実家へ行ってきました

 

義母が仕事の関係で

福岡県に行ったとのことで

お土産をくれました


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子供たちに大宰府天満宮の御守り

 
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お菓子

 

それから夕食もいただいてきました

( お寿司でした! )

 

私達の住まいはアパートなのですが

1キロあるかないかの距離に

主人の実家があります

 

すごく近いけれど、むやみに干渉せず

それとなく気にかけてくれている

義母の心遣いは

いつも嬉しく、そして尊敬しています

 

義母に会うと、とても安心します

 

一緒に住んでいないからなのでは?と

思われてしまうかもしれませんが

 

それとは別に

義母に好意を寄せる理由があります

 

それは

 

実母が大の苦手

 

私は、母原病なのです

 

ほんの一年間までは

母原病という言葉すら知りませんでしたが

 

とても恥ずかしい話になりますが

私は小学6年生まで

夜尿症が治りませんでした

 

濡れた下着はこたつで乾かしたりして

いつも黙っていました

布団はそのままだったかもしれません

 

幼少期の記憶も

鮮明に覚えているのは

おもらしをした時のことばかりです

 

怒られ 叩かれ 閉じ込められ

泣き叫ぶ自分の姿

 

そういった記憶がたくさんある中でも

おもらしをした後に

母に謝ったところまでは覚えていて

怒られている途中で

記憶が切れているものもあります

 

出産の痛み同様

生きていくために忘れるべきだと

自分の身体が判断したことは

忘れるようにできているのでしょう

 

そして小学生の頃は

なぜおねしょをしてしまうのか

自分でも分からなくて

誰にも言えなくて

恥ずかしくて情けなくて…

 

死にたいとさえ思いました

 

それがいつしか治り

すっかり忘れていたのですが

 

大人になった今

 

実母の夢を見た日

まさかの夜尿症を再発してしまいました

 

 

私だってそんなに優しくしてもらったことないのに

 

夢の中の私は

母に向かってそう叫んでいました

そして母はすごい剣幕で私を罵りました

 

恐くて恐くて恐くて恐くて…

 

そして目が覚めたら

おねしょをしていたんです

 

ショックでした

泣きました

 

でも、夜尿症の再発は

母の夢を見た日だけでした

 

確信しました

 

今も、昔も、ずっと

 

母が恐い 母が嫌い

 

思い返せば

こうして結婚して家を出るまでの間

私はいつも、ずっと、緊張していました

 

自分の家にいるのに

『帰りたい』

そう呟きながら

毎晩布団の中で泣いていました

 

どこにも自分の居場所が

なかったんです

心落ち着く場所が

 

心に歪みを抱えたまま

私は母親になりました

 

忘れもしません

娘が生後1ヶ月の頃

はじめての育児に

悪戦苦闘の日々だと話をした時

 

母は私にこう言いました

 

『育児向いてないんだわね』

 

怒りと悔しさで涙が出ました

 

どんなに頑張っても認めてくれない

どんなに辛くても受け入れてもらえない

 

昔からそうでした

 

具合が悪いと訴えれば

『だから何⁉』と怒られ

 

テストで良い点をとった時も

『…で?』と突き放され

 

私は存在する意味があるのだろうか?

私はいないほうが良いんじゃないのか?

死んだほうが良いんじゃないのか?

どうして私を産んだんだ?

 

そう思ってました

ずっと

 

そして例のごとく 

私が育児ノイローゼになっているにも関わらず

『お母さんはそんなんじゃなかった』

『あんたの育児は目に余るものがある』

『そんなんじゃ子供が可愛そうだ』と

罵倒されました

 

そんなこと言われても

 

私は私という母であり、あなたという母ではない

 

自分を基準にした考え方

そしてそれを押し付ける姿勢

今も昔も きっとこれからも

こんな扱いを受け続ける

 

そして何より

『お母さんはそんなんじゃなかった』?

『子供がかわいそう』?

どの口が言っているのだと 怒りがこみ上げ

 

もう耐えられませんでした

 

娘を出産し、育てている中で

こんなに大変な思いをして

私を産み育ててくれた母だと

感謝すらしていたのに

 

度重なる心ない言葉に

私も限界を迎えました

 

罵倒された次の瞬間

精神を崩壊したように

震え、泣き叫び、ただひたすら

恐い…恐い…恐い…恐い…と繰り返し

テーブルの下にもぐり込み

耳を塞ぎました

 

ずっとそうやって怒られてきた

ずっとそうやって怒られてきた

ずっとそうやって怒られてきた

ずっとそうやって怒られてきた!!!

 

狂ったように泣き叫びました

 

そんな尋常ではない私の姿を見るなり

 

『この意気地無し!!そんなんでどうすんだ!みっともない!』

 

塞いだはずの耳で

はっきりと聞こえました

 

母は私に向かって

そう吐き捨てました

 

そしてこうも言いました

 

『お母さんの育て方が悪かったんだ』

 

それは、申し訳ないとか

そういった類いの意味合いではなく

 

『お前は失敗作だ』

 

そういった言われ様でした

 

母は今も昔もこれからも

私を救ってくれる存在ではないのだと

絶望しました

 

絶望ということは

私はどこかで望んでいたのです

母が私に優しくしてくれることを

 

ずっと

昔から

 

 

あんなに狂ったような私を見てもなお

主人は理解をしてくれているので

とても救われています

 

こんな私を理解し、受け入れてくれる

優しく、冷静で、正直で、明るい

主人は私の安定剤のような存在です

  

その主人の母なのですから

義母に会うと安心できる理由も

自ずと理解できます

 

 

主人が羨ましい

 

そう思うのです

 

 

そんな主人に支えてもらい

今では私も2児の母になりました

 

そして思うのは

 

今、私の居場所はここにある

 

恨み辛みばかりを書いてしまいましたが

今、私は私として生きることができています

 

よくよく考えれば

昔の私はもう存在しないのです 

 名字が変わった瞬間

それまでの私は抹消されたのです

 

あの人の娘としてではなく

主人の妻として

今ではこの子たちの母として

今の名前で今を生きているのです

 

過去にとらわれ

自己否定ばかりを繰り返し

自分自身を閉じ込めて生きる

 そんな私とは決別です

 

目が覚めました

 

そして

とても視界がクリアになりました

 

子育てに追われ

死に物狂いで過ごしてきた毎日が

今では心に余裕さえ生まれました

 

娘も息子も

一人の人なのだということを

尊重し、大切に育てていきたい

 

そう思います

 

 

それに気が付いたきっかけが

夜尿症だったことはここだけの話で…笑