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うたかた。

ネクラな母ちゃん。涙で明日が見えない。

長い、長い1日が。

実父が腎臓癌だとわかってから2ヶ月。

8月18日、無事に手術が終わり

ここに記しておこうと思います。

 

2ヶ月前に受診した個人病院では

胃の腫瘍を疑われて

総合病院を紹介されました。

そこで内視鏡検査をしたところ

胃の腫瘍は良性でした。

が、エコー検査で

腎臓に腫瘍らしきものがあるとのこと。

再度検査をし、

腎臓癌であることが判明しました。

そこからまた病院を紹介され

さらに大学病院と

合わせて4つの病院を行ったり来たり。

 

病院がかわるたびに同じ検査をして

週に何度も呼び出されたこともあったし

入院、手術がようやく決まったと思えば

延期、未定になり

他の病院で摘出したほうが良いとまで言われ

先が見えず気を落として…と

落ち着かない2ヶ月間でした。

 

ようやく今月の始めに手術日が決まり

それが18日でした。

 

手術室に入って行く父に向かって

『じいじ、頑張って』と

小さく呟いた娘。

 

娘は普段から声が大きいのですが

やはりなんとなく不安だったのか

とても小さな声でした。

 

あまりにも小さい声は

聞こえなかったようで

父は背中を向けたまま

ドアの向こうへと消えて行きました。

 

癌だけならば

摘出のみで済む話だったのですが

腹部の動脈瘤が見つかり

解離しているということで

万が一破裂した場合は

腸が腐ったり、出血死もあり得る

そう言われていました。

 

そのせいもあって

これが最後の元気な姿になるかも…

なんて考えてしまって。

 

手術の予定時間を過ぎても

待合室に連絡が来なかった時は

最悪の事態が頭をよぎったりして。

 

おかげさまで無事に終わったので

こうして書くこともできていますが

本当に本当に、長い1日でした。

 

そして、2ヶ月間長かった。

 

母、弟、妹は仕事をしているので

私が娘を連れて

毎回病院に付き添っていたけれど

2ヶ月間、誰よりも父の支えになったのは

娘だと思います。 

 

ドラマのようなシリアスな宣告でもなく

家族が悲観的になるわけでもなかったのは

間違いなく、娘の存在があったおかげ。

 

術後、ICUでの面会に

子供は入れないとのことで

私と娘は待合室にいたのですが

母と弟と妹が声をかけ

娘の名前を口にした瞬間に

パッと目を開いたんだと言っていました。

 

もうすぐ3歳の娘。

大きくなったらこのことを

忘れてしまうかもしれないけれど。 

一緒に頑張ってくれてありがとう。

 

父にはまだまだ生きて

孫の相手をしてもらわないと。

じいじ大好きな3人のチビ達。

今年中にはまた一人増える予定だし。

結婚式もまだ誰も挙げてないんだから。

 

父に対して

こんな風に思う日が来るなんて

結婚するまでは想像もできなかったけれど。

 

やり残したことがいっぱいある。

それは、父自身がではなく

私たちが 。